一、天領「倉敷」 江戸時代、幕府の領地(天領)であった倉敷には、江戸からお代官が来られて、 地を治めました。当時の倉敷は、海の交通の便の良さから、商業地として大変栄えており、倉敷の商人には、 非常に裕福な者が多く、豪商と呼ばれていました。 さて、倉敷を治めた五十余人のお代官様がおられました。 お代官様は大変なグルメで、天領とは言え、備中の田舎に大した食べ物もあるまい、せいぜい江戸の味でも 教えてやろうとたかをくくり、ある意味では、非常に意気込んで、倉敷においでになりました。 |
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二、倉敷の豪商達と大宴会 当時、倉敷の豪商達は、新任のお代官様がおいでになると聞けば、そのお代官様が最も 好きな物でへこましてやろうと、機会を狙っていました。「お代官様は、グルメらしい」 と言う噂を聞いた豪商達は、商業地倉敷の地の利を活かし、あらゆる珍味で、お代官様の舌を楽しまそうと、 大宴会を催しました。さすがに、倉敷の豪商達が、練りに練った宴会だけあって、所狭しと並べられた山海の 珍味は、技巧の限りを尽くした絶品揃いでした。 しかし、大都市江戸出身のお代官様は、そのぐらいの料理では動じません。後で江戸の味について、一席 ぶってやろうと、余裕の表情でした。ところが、最後の方に出されたざるうどんを口にして顔色を変えました。 「こんなに腰が強く、滑らかなうどんは食べたことがない」食に正直なお代官様は、居並ぶ豪商達を前に、 うっかりこんな感想を漏らしてしまったのです。その言葉に会心の笑みを浮かべる豪商達の顔を見てハッと 我に返ったお代官様、食通の意地から、こんなことを言ってしまいました。 「確かにこのうどんは美味いが、わしが手を加えれば、もっと美味くなるはずだ」すると豪商たち、 「では、お代官様が手を入れられたうどんを、是非、賞味賜りとう存じます」とんだやぶへびに、 断る理由が思い浮かばぬ代官様。「うむ、追って日は知らせる」ということに…。 |
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三、新しい味 豪商たちと要らぬ約束をしたものの、なかなかいいアイデアが浮かばず、 ある日、江戸から持ってきたお気に入りの「そば」を食べていたところ、パッと閃くものがありました。 「おお、これだ! 江戸の濃く甘いそばつゆと、あの腰の強いうどんを組み合わせれば、きっと今までに ない味が出来るに違いない」お代官様は、張り切って豪商たちに招待状を送りました。 |
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四、命名 宴の当日、目前に並べられた丼の様子に、豪商たちは首をひねりました。 かけうどんのように汁が満たされている訳でなく、ざるや盛りのように別に付け汁もない。 いぶかしんでいる豪商たちに向かってお代官様は、愉快そうに、「どうした、取りあえず食べてみよ。 感想は後で聞こう」とおっしゃいました。一口食べた豪商たちは、驚きました。なんと、麺に直接、 ツケ麺のようなつゆがかけてあるのです。濃く甘いつゆと、腰の強い讃岐風うどんの絶妙な組み合わせに、 豪商たちは言葉を失いました。 そのうち、豪商の一人が、お代官様に尋ねました。「お代官様、この様な新しい味は、 初めてにございます。さすがは、江戸のお方と感服いたしました。さすれば、是非ともこのうどんの名前を、 お教えいただきたいと存じます」「はて、名前までは、考えてなかったわい。つゆを麺にかけただけとは言え、 つゆかけうどんでは、もう一つ。そうじゃ、確か江戸では、飯に汁をかけたぶっかけめしなるものが流行って おったな」 一つ咳払いをすると、お代官様は、もったいぶった様子で、おっしゃいました。「このうどんは、ぶっかけ うどんと申す」また、豪商の一人が進み出て、申し上げました。「このような素晴らしい味をご教示くださり、 誠、恐悦至極にございます。以後、天領では、このぶっかけうどんを名物に加えたいと存じます」お代官様は、 満足げに、「そのようにはからうがよい」とおっしゃいました。そして、天領「倉敷」名物『ぶっかけうどん』 は、今に伝わっているのです。 |
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作・古市 |