4 ローマ帝国


(5)ローマ文化

 ローマ人は、ギリシア人のような独創的な文化を創り出すことができず、ギリシア文化・ヘレニズム文化の模倣におわったが、古代文化を集大成し、後世に伝えたという点では功績を残した。また法律・土木建築などの実用面に長所を発揮した。

 文学、哲学、歴史学などの分野はギリシア・ヘレニズム文化の影響を強く受けた。これらの分野では、哲学者のエピクテトス、歴史学のポリビオス、プルタルコス、地理学のストラボンさらに天文学のプトレマイオスなど多くのギリシア人が活躍している。

 文学の分野はギリシア文化の模倣という面が強いが、ラテン文学はアウグストゥスの時代に黄金時代を迎えた。ヴェルギリウス(前70〜前19 )は古代ローマ最大の詩人で、ローマの建国伝説をうたった叙事詩「アエネイス」は彼の最高傑作である。ホラティウス(前65〜前8)は多くの叙情詩を残しているが、「征服されたギリシア人は、猛きローマを征服した」という有名な言葉も残している。オヴィディウス(前43〜後17頃)には「転身譜」「恋愛歌」などの代表作がある。

 キケロ(前106〜前43)は政治家・雄弁家・散文家として知られている。第1回三頭政治に反対して追放され、のち帰国してポンペイウスを支持してカエサルにうとまれて引退し、彼の死後政界に復帰し、第2回三頭政治では反アントニウスの立場をとって彼の部下に暗殺された。彼はギリシア思想のローマへの移入・普及に大きく貢献し、その文体はラテン散文の模範として19世紀までヨーロッパ文学に大きな影響を与えた。

 哲学の分野では、ヘレニズムの哲学を継承し、ストア派の哲学が上流社会の実践倫理として流行した。若きネロの家庭教師で「幸福論」を著したセネカ(前4頃〜後65)、ギリシア人の解放奴隷で「語録」を著したエピクテトス(55頃〜135頃)、そして哲人皇帝として有名なマルクス=アウレリウス=アントニヌスなどが出た。彼は代表作の「自省録」を陣中で執筆した。

 歴史学もギリシアの歴史学を継承発展させた。古代ローマのギリシア人の歴史家ポリビオス(前203頃〜前120頃)は、ローマの国家体制の熱烈な支持者で政体循環史観に立つ「歴史」(ローマ史)を著し、ローマの発展をギリシア史との比較しながら記述した。アウグストゥスの恩顧を受けたリヴィウス(前59〜後17)は40年を費やして大著「ローマ建国史」(ローマ史)を著し、アウグストゥスの時代を賛美した。

 有名なカエサルは歴史家としても名を残している。「ガリア戦記」は当時のガリア(現フランス)の事情やゲルマン社会を知るための貴重な資料である。原始ゲルマンについての最重要の史料はコンスルなどを歴任した政治家・歴史家のタキトゥス(55頃〜120頃)が著した「ゲルマニア」である。他に「年代記」(アウグストゥスからネロの時代)も有名である。

 プルタルコス(46頃〜120頃)の著「対比列伝」(英雄伝)は聖書、エウクレイデスの「幾何学原本」と並ぶ永遠のベストセラーでナポレオンを初め多くの人々によって読まれた。ギリシアとローマの類似の生涯を送った政治家・将軍などの伝記を対比させ、50人の伝記をまとめたものである。

 地理学者としては古代ローマのギリシア人であるストラボン(前64頃〜後21頃)が知られている。彼は当時のローマ帝国全土の地理・歴史をまとめた「地理誌」を著している。

 自然科学の分野では、天文学・地理学者のプトレマイオス(2世紀)が天動説(地球中心説)を体系化した。彼の天動説は16世紀にコペルニスクの地動説が現れるまで1000年以上にわたって人々に信じられてきた。また彼の作成した世界地図は15世紀まで大きな影響を及ぼした。プリニウス(23〜79)は自然全般にわたる百科全書である「博物誌」(項目数2万といわれる)を著し、自然科学を集大成した。

 芸術や学問の分野ではギリシア文化を模倣したといわれるローマ人だが法律や土木事業などの分野では独創性を発揮した。

 特にローマ法はローマ人が後世に残した最大の遺産であり、後世に大きな影響を与えた。ローマ最初の法律は前5世紀半ばに制定された十二表法だが、以後共和制・帝政の時期に多くの法律が制定された。

 最初の頃はローマ市民権を持つローマ市民にのみ適用される市民法であったが、都市国家ローマの発展に伴いローマ市民権を持たない人々に適用される万民法が生まれた。ローマは前89年に全イタリア諸都市の自由民にローマ市民権を与え、さらにカラカラ帝が212年にアントニヌス法を発布し、帝国全土の自由民にローマ市民権を与えたので、市民法は世界的な性格を持つようになり、帝国内のあらゆる民族に共通な万民法が成立し、ローマ市民にも外国人にも等しく適用されるようになった。

 後にビザンツ皇帝のユスティニアヌスが法学者トリボニアヌスを中心に編纂させた「ローマ法大全」(歴代皇帝の勅法集、学説集、法学提要の三部から成り、534年に完成)によって集大成された。

 土木建築はローマ人が最も得意とした分野で、アッピア街道(全長540km)に代表される道路(軍道)はローマから各地に延び、「全ての道はローマに通ず」といわれた。総延長85000km(地球の2周以上)に達したといわれる。水道も各地に作られた。南フランスのガール橋は特に有名で、現在もその美しい姿を残している。

さらに5万人を収容したコロッセウム(円形闘技場)は今もローマ観光の目玉の1つである。浴場を中心とした一大社交場である公共浴場、カラカラ帝が造ったカラカラ大浴場は有名である。その他トラヤヌス・コンスタンティヌスが建造させた凱旋門も有名である

 カエサルは、前46年にエジプトの太陽暦を修正したユリウス暦を制定した。これを改良したのが、今日世界的に採用されているグレゴリウス暦(1582年に教皇グレゴリウス13世が制定)である。




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