3 ヘレニズム世界 


(2)ヘレニズム文化

 ヘレニズム時代にはギリシア人が盛んに東方に移住したため、ギリシア 文化が広く普及し、東西文化が融合し、新しい文化が生まれた。これを ヘレニズム文化と呼ぶ。

 美術は、華麗だが技巧的・誇張的な面が強くなる。建築ではコリント式が この時代に流行した。絵画では、1820年にミロ島で発見された「ミロのヴィーナス」、 ギリシア神話に題材を取った「ラオコーン」が有名である。

 ヘレニズム時代には、ポリスが崩壊し、ギリシア人の民族意識が衰える なかで、従来、人々の行動の規範となっていた「ポリスの人間としていかに 行動するか」、「ポリスのために何をなすべきか」というポリス社会の規範が 無意味となり、人々の思考・行動の規範は「個人としていかに生きるべきか」 という個人主義、「ヘレネス(ギリシア人)もバルバロイ(野蛮人、ギリシア人 以外の人々)もない、同じ世界の人間だという「世界市民主義 (コスモポリタニズム)」の風潮が強まった。

 この風潮を反映して、哲学も 政治から逃避し、個人の安心立命をを求めるようになる。エピクロス派や ストア派が盛んとなった。

 エピクロス(前342頃〜前271頃 )はサモス島 生まれ、前306年にアテネに移住し、弟子を教えた。彼は、哲学を幸福を得る 手段と考え、幸福=快楽=善と考える快楽主義を唱えたが、彼の言う快楽とは、 死や神への恐怖を免れ、肉体に苦痛がなく心が平穏な状態を快楽と呼んだ。 節度のある快楽、精神的な快楽こそが幸福であると考えた。

 ストア派の祖、ゼノン(前335〜前263)は、キプロス島生まれで純粋の ギリシア人でなく、フェニキア人との混血とも言われる。22才の時アテネに 出て学び、35才頃から講義をして絶大な人気を得た。彼は幸福とは「心の平静」 な状態にあるとし、そのために理性による欲望のコントロールを主張した。

 ヘレニズム時代には、自然科学が盛んとなった。 自然科学研究の中心地であったアレクサンドリアでは多くの学者が活躍 している。

 有名な数学者エウクレイデス(ユークリッド)(前300頃 )は アテネで学び、アレクサンドリアのムセイオンで活躍した。彼が大成した平面 幾何学は「ユークリッド幾何学」として、現在に至るまで学校で学ばれている。 「幾何学に王道なし」は彼の言葉として有名である。

 数学者・物理学者として 有名なアルキメデス(前287頃〜前212)もシチリアに生まれ、アレクサンドリアの ムセイオンで学問を修め、円周率の近似値を求め、梃子や浮力の原理 (「アルキメデスの原理」)、比重の原理を発見したことでも有名である。

 ムセイオンの館長を務めたエラトステネス(前275頃〜前194)は地球の周囲の 長さを測定したことで有名である。彼は約45,000kmと測定したが、これは 現在の約40,000kmにほぼ近いものである。

 さらに天文学者のアリスタルコス (前310頃〜前230頃 )は地球は太陽を中心にして円軌道を描いて回転すると いう太陽中心説・地動説を唱えた。しかし、この説は当時は受け入れられず、 16世紀のコペルニクス、ガリレイの時代にやっと認められることになる。




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