| 第1日(大連〜瀋陽) | |
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| 第1日目 1999年8月1日(日)大連〜瀋陽 | |
| 3年前の1996年8月3日から8月10日の8日間、「開拓団の足跡を尋ねる旅」に参加させていただいた。前回の旅を計画・実施された青木先生から、今回は満蒙開拓青少年義勇軍・村上中隊の元隊員の皆さんを中心とするこの旅へのお誘いを受け、前回同様関係のない自分であるが、もう一度中国東北地方(旧満州)の地を訪れ、色々勉強させてもらうべく今回も参加させていただいた。
満蒙開拓青少年義勇軍については、中公新書に「満蒙開拓青少年義勇軍」(上笙一郎著)があるので、くわしくはそれを読んでほしい(書店では入手出来ないかもしれないので、図書館などで見てほしい)。また村上中隊については、 青木先生のホームページを見てほしい。 当日は、4時に起床、0先生とともに倉敷駅から山陽本線の一番列車で岡山駅に出る。結団式には間に合わないので、そのまま新幹線「のぞみ2号」(6:05発)へ乗り込む。 今回の旅の一行は13名、元村上中隊の関係者6名、青木先生を初め教育関係者5名、中国留学生の世話をされている方2名とアジア・コミュニケーションのMさんの計14名であった。このうち紅一点のTさんは、偶然私と小・中・高の同窓生で、お父さんが亡くなられたらしい延吉をぜひ訪れたいとのことで参加されていた。 |
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| 新大阪から「はるか5号」で初めての関西空港へ(8:14着)。話には聞いていたが設備の整ったきれいな空港。夏休みの日曜日とあって出国ラッシュ、すごい人。手荷物検査・出国手続きをし、免税店で例によってMild Sevenを2カートン買い込み(1500*2)待合い室へ(9:35)。全日空NH947の40Dへ搭乗(9:50)。貨物の搭載遅れのため、予定(10:05)より遅れて、10:37離陸。機内で時計を1時間遅らす。中国との時差1時間。以下現地時間で。
大連空港経由で瀋陽まで行く予定だが、大連空港では飛行機が多くて着陸の順番待ちとのアナウンス(11:30)。大連周水子空港へ11:50に着陸。入国審査を受けて、再び同じ飛行機に搭乗(12:30)、ただし空港混雑のため管制塔より55分に発との連絡のアナウンス。13:15に離陸。13:50に瀋陽空港に着陸。バスに乗り込む。 |
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| 今回の旅行のガイドさん、遼寧海外旅遊総公司のケ鉄輝さんの紹介有り。出発前には前回の李華濱さんのガイドと聞いていたが、李さんヘルニアで同行できずケさんになったとのこと。後で分かったことだがケさんの奥さんは日本人だそうだ。
空港は瀋陽の南方30kmの所にある。市内までのケさんのガイド。中国は今年、建国50周年を迎える。10月10日には様々な行事が行われる。そういえば、以後の旅行中に、各地でその日に向けて各種の工事・建設が行われている様子を目にした。まず水に対する注意、けっして生水を飲まないこと、スイカも注意。屋台の料理にも注意が必要とのこと。 瀋陽は、上海・北京・天津に次ぐ中国第4番目の大都市で人口は約680万人(市街人口は約480万人)である。旧奉天。奉天とか新京、満州、満鉄など戦前日本人が呼んでいた地名などには「旧」を付けてほしいとの注意もあった。 車内で両替をしてくれた。今日のレートは1ドル=約115円で、1元=約14.3円、1万円=696元だが700元で両替しますとのことで2万円を両替してもらった。 |
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| 15:00頃、北陵公園に到着。清朝第2代皇帝の太宗ホンタイジ(在位1626〜1643)と皇后の陵墓は、1643年から8年間かけて作られ、正式には「昭陵」と呼ばれるが、瀋陽市街の北にあるので「北陵」と呼ばれている。瀋陽の東の郊外には清朝を創建した太祖ヌルハチ(在位1616〜1626)と皇后の陵墓である「東陵」(福陵)があり、これも見たかったが、今回は北陵の見学のみ。
北陵公園の面積は約450万平方メートルで、北京の天安門広場の約9倍もあり、ホンタイジの墓も16万平方メートルもあるとのことだった。入り口の所には「全国重点文物保護単位昭陵」とあった。、入り口にあたる「牌楼」、正門にあたる「正紅門」はともに立派な建造物だったが、そこを通って中にはいると「神道」があり、道の左右に獅子・麒麟・馬・らくだなど様々な動物の石像が対になって並んでいた。 さらに進むと城壁で囲まれた「方城」があり、堂々たる3層の「隆恩門」をくぐると、方城の中心に最も重要な建物である「隆恩殿」があった。そして方城の後ろに大きな土まんじゅうのような前方後円の陵墓があったが、これが「宝頂」と呼ばれるホンタイジの陵墓であった。その前にある「照壁」が地下墳墓の入り口と考えられているが、まだ見つかってない。 |
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| 北陵の見学を終えて、柳条湖へ向かう(16:15)。1931年9月18日の夜に、日本の関東軍が自ら南満州鉄道線路を爆破し、それを張学良(1901〜)の東北軍の仕業とし、これを機に中国東北地方の全域で軍事行動を開始して満州事変を引き起こした。この柳条湖事件が起きた場所である。柳条湖への道中、ガイドのケさんから日清戦争から満州事変に至る近代の日中関係についての説明があったが、とても分かりやすく、よく勉強されていることに感心した。
16:30頃、九・一八事変博物館に到着。中国では柳条湖事件を九・一八事変と呼んでいる。卓上カレンダーの形の碑をかたどった博物館は、残念ながら工事中で中へ入れなかった。今年の9.18日に完成予定とのことで工事が進んでいた。幸い工事現場に入らせてもらって近くから写真を撮ることは出来た。その工事現場に日本が作った勝利碑が横倒しになって置かれていた。 |
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| 凱莱大酒店(Gloria Plaza Hotel)に到着(16:50)。5つ星の立派なホテル。夕食は「天地園大酒楼」で、今回の旅行で初めての12品の中華料理に舌鼓を打つ。
ホテルに帰った後、近くの町を散策(19:40〜20:10)、商店・屋台等を見て歩く。近くの公園の様なところには多くの人が集まって夕涼みをしていた。朝が早かったのと、明日からの日程を考え、22:00頃にベッドへ。 |
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