中国東北地方の旅

第8日(大連〜岡山)
第8日目 8月10日(土) 大連〜岡山
1:00目覚める、長春? (時刻表によると四平)
M君 ついに腹痛・下痢で昨夜から一睡もしてないらしい。何回もトイレへ
瀋陽駅に停車(3:30)
5:30起床、よく眠ったようだ。
列車はぼつぼつ遼東半島に入っているようだ。
この辺りは山が多い。りんご畑が至る所にある。
この特快には餐車がないので朝食は配りますとのことであった。 饅頭のようなものを期待していたのだが、きたものはカップラーメンと 罐詰めのおかゆとコンデンスミルクであった。ちょっと食べる気がしなくて、 昨夜団長から頂いたパン1つをミルクとともに食べる。
10:20大連駅到着
李さん やっと大連に帰って来たという感じでほっとしているように見える。
10:45貝殻細工の店に行く
本当に細かい作業
貝殻細工の額 2つを240元で買う。ここでも値切れず。500円ほど安く買っただけ。
11:45大世界酒楼で昼食
焼き飯がおいしかった
12:00過ぎ大連空港に到着。出国手続き
免税店で買い物
  チョコレート 2*40元=80元
  お茶     70元
  たばこ    1000円+30元
  コーヒー   20元
13:50ANA NH180 に搭乗
離陸(14:10)
福岡空港に着陸(15:40) (日本時間16:40) やはり暑い
18:20 のぞみ28号で岡山へ
20:08 岡山着
18:20のぞみ28号で岡山へ(18:20)
岡山着(20:08)
解散式(20:15)

 「開拓団の足跡を尋ねる旅」に参加させていただいた。
 この旅行についてはくわしくは、青木先生のホーム・ページのなかの 「悲劇の大地」を みてほしい。
本当に大変な旅行だった。昨年の初めての海外旅行・中国旅行は上海、 西安、敦煌・北京などの世界的な観光地をめぐるぜいたくな観光旅行だった。 今回の旅は目的が全く違う、まさに手作りの旅であった。
 今年もどこかに行きたい気持ちがあった。青木先生から誘って頂いたとき、 まず考えたのは私のような全くの第三者のような人間がご一緒させてもらって いいのかということだった。世界史では確かに東北地方の金、清の歴史、 日清・日露戦争以後の、特に満洲事変以後の日本の侵略の歴史について 教えてはいるが開拓団についても、青少年義勇軍についても勉強してないし、 今回参加される人たちと意識がずれているのでは心配したが、青木先生はそんな ことは全く関係ないとさそって下さり、「大地の子」の舞台を、雄大な土地を 見てみたいという、Kさん・Sさんをはじめとする皆さんには申し訳ないような 動機から参加させて頂いた。
 それでも行く前には、青木先生の「ロング・イエロー・ロード」をはじめ、 中国残留婦人・青少年義勇軍を扱ったものや731部隊、満鉄関係の書物など、 できるだけの勉強を心がけた。しかし、いくら本を読んでも、本を読むことと、 実際にその土地に行って実際のものを見ることの違いは昨年の旅でも痛感した ことである。
 あの広大な土地を見たとき、土地を耕し、穀物を収穫するという当たり前の ことがとてつもないことのように思えたし、まして全くの初めての土地に 入って、開拓するということを考えたとき想像を絶することのように思えた。 そして8月9日以後の逃避行について考えても、いくら本で悲惨な状況を読んでも それは単に読むだけのことのように思える。バスでの移動でさえ大変だった あの道を、ソ連の侵攻におびえながら逃げまどった当時の開拓団の人たちの 悲惨な逃避行は私たちの想像を越えるものとしか言いようがない。私のような ものには感想を述べる資格もないように思える。
 731部隊跡、方正の日本人公墓、勃利収容所跡、佐渡開拓団跡、大茄子 訓練所跡、万竜開拓団跡そして大主開拓団跡の訪問は気が重いものがあった。 まさに贖罪の旅であった。
 中国の子供たちをみると心がなごむ。方正の日本人公墓の付近の村の 子供たち、乾隆小学校・宝山中学校の子供たちそして哈爾濱のミニ鉄道の 鉄道員達、この子供達が大きくなるまでには単に経済交流だけでなく、 本当の日中友好関係が確立していることを心から望むものである。
 今日の中国の改革開放政策の進展、経済成長には目をみはるものがある。 まさに中国中が建設ラッシュのような感じさえある。大都市だけでなく小さな 地方都市にまでその波が押し寄せている様子を方正、宝清で見た。それは またかっての日本が歩んできた道でもあるが、全てが”お金お金”という 拝金主義につながって行くようにも思える。歌舞庁(ディスコ)、サウナなどにも その一端がみえる。農村にまで歌舞庁が及んでいるのはこっけいにさえ思える。
 都市と農村の経済格差の解決は今後の中国にとって最も重要な問題になって 行くように思う。貧しい農村といっても、すべてお金、物という尺度で計った ものであるから、我々が農家の姿を見て想像するのは間違っているかも 知れないが、道路・トイレのひとつをとってみてもどうしょうもない感じがする。 農民の生活が豊かになったときの中国はまぎれもなく世界一の大国になって いるであろうが、あの広大な大地と農村の現状を見るにつけとてつもない 難問題のようにも思えてくる。
 ともあれ二度と経験することがないであろう貴重な体験をさせて頂いた ことに感謝している。
(1996.8)


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