| 第3日 (ハルビン〜方正) | |
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| 第3日目 8月5日(月)ハルビン〜方正 | |
| 目が覚める。よく眠れた。
Sさんと近くのスターリン公園へ行く(5:40)。すでに朝市が 開かれていて、多くの人が出ている。近くの広場ではいくつかのグループが 体操のような運動をしている。太極拳をしている人は見かけなかった。 |
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| 朝食 ホテルでヴァイキング料理
ホテルで両替 1万円=757.3元 |
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| 出発 雨のため、道が悪く、
橋の損壊等もあり、バスは通行できないとのこと。
2台のマイクロ・バスに分乗して出発、以後、密山まで青木先生、Sさん、大学生5人、 横山、李さんの9人 朝のラッシュ、各種の自動車多し。 9:00過ぎ一部高速道路を通ったあと、未舗装の道路にはいる。Sさんは 昔からみるとずいぶんよくなっていると言われる、確かに道路脇には補修用の 土が盛られていて、スコップで穴に土を入れて補修しているのを見るが、 なにしろ子供の頃以来、ここ何十年間もこんながたがた道を走ることがなかったので 参った。このがたがた道はこの後4日間続くことになる。 濱西通過(9:30)、ちょっとした町 |
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| 濱県でトイレ休憩、日本では
見かけられないトイレ、いわゆる”ニーハオ”トイレで不潔なことこの上ない。
用を足すには勇気がいる。以後、とうもろこし畑で用を足す。
このあと3時間がたがた道に揺られる。マイクロ・バスは日本のトヨタ製、 よくぞこの悪路を走って故障しないものと感心する。 白楊の街路樹がどこまでも続く。街路樹は感心するほどよく植えられている。 見渡すかぎりのとうもろこし、大豆畑。水田も多い、ときどきこうりゃん畑。 道の至る所でうり、すいかを売っている。売れているより、自分たちで食べて いるほうが多いのではといらぬ心配をついしてしまう。 ときどき集落が現れる。牛がのんびり草をはみ、あひるが泥水のなかを 泳いでいる。 勝利県通過(11:25)、しばらくして久しぶりに山が見えてくる。 方正まであと48km、バスは大体40km前後で走っている(12:00)。 |
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| やっと方正の町(人口約10万人) へはいる。方正賓館に到着(13:15) 305号室、Sさんと同室 | |
| 昼食 12品目、とうもろこし、じゃがいもを ふかしたもの、りんごを卵白で包んだ甘煮炊、ぎょうざ風饅頭など田舎風 中華料理、これもおいしい。 | |
| 方正の東郊外にある日本人公墓へ、 途中工事中で迂回し時間かかる。 | |
| 中日友好園林に到着
長野県が建立した和平友好の碑にお参りする。 日本人公墓(逃避行で亡くなった4500人の遺骨を葬っている)に墓参、献花、 記念植樹を行う。 中国養父母公墓に墓参、献花を行う。 付近の中国人の女の子が5人、我々についてきて、珍しそうに見ている。 団長が日本から持ってきたボールペンをあげると本当にうれしそうにお互いに 見せあい、最後まで手を振ってくれた。友好園林出発(16:00) |
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| 16:30 方正県人民政府を表敬訪問
方正県側出席者 劉 慶有 副県長、田 文斌 外事僑務弁公室主任、 王 廣臣 外事弁公室副主任、陳 福堂 外事弁公室、李 秀芬 外事弁公室 劉 慶有 副県長のあいさつ(30分) 「日中戦争は、中国だけでなく、日本人民にも大きな災厄をもたらした。 日本人孤児、婦人4000人が残された。中国人も貧しかったが引き取って育てた。・・ 方正県は1963年に周恩来首相の許可を得て、死んだ婦人を記念して日本人 公墓を建てた。これは日本人民と軍国主義者をはっきり区別する中国政府の 政策を示している。・・・ 日中友好以来、方正と日本の友好は進んでいる。特に82年以来藤原しょうさく 先生が水稲技術を教えてくれた。これにより方正県の米の生産が飛躍的に伸び、 全国にも広がっている。・・・ 方正県は岩手県、千葉県と友好関係を結んだ。日本の団体から支援を頂いた。 政府のODEも行われるようになった。50周年の昨年は日本から多くの墓参があり、 800人を接待し、多くの寄付も頂いた。養父母公墓や長野県の中日友好碑も建てた。 方正県から帰国した12000人が日本で暮らしている。方正県は日本との友好を 重視している。 今後も日中交流を拡大して行きたい。・・・・方正県は改革開放以来 変わった。山や水が豊かで美しいところである。80%が山で木材が豊かである。 水田も多く、野菜も豊富であり、日本から4名の技術者がきて仕事をしている。 ・・・・以下方正県の概況の説明あり。・・・方正人民政府は中央政府の政策を 貫き、日本政府・民間との友好を進めて行く。岡山県の友人とも往来したい。 経済技術で合作できればよい。さらなる友好の発展を祈る。すばらしい印象を 残すよう、御多幸をお祈りする。」 団長あいさつ、教育基金の贈呈。おみやげの交換 質疑 H氏が方正県の米作について、特に機械化の進み具合を質問 |
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| 夕食
メニュー 豚と羊の肉、ゆばと卵、ピーマンの炒め物、うりとスイカ、酢豚、 ねぎ玉、菜豆と肉、マーボーとうふ、香菜・豚肉・とうふ・白菜の水炊き |
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| 夜の町へ出てみる。
盆踊り(?)は終わっていたが、多くの夜店が出ていて、町中の人が出ているのかと
思うほどの雑踏
ホテルのすぐ前の「歌舞庁(ディスコ)」へ青木先生、Mさん、I君、K君と 5人で行く。女の子1人がテーブルに来て、ビールを飲み、話しをし、 踊りの相手をする。女の子1人で100元、5人全部で260元だった。 Mさんの通訳で話しをする。日本の都市で知ってる所はと尋ねると東京と 大阪だけ、中国国内ではそれでも北京と哈爾濱へは行ったことがあるとのこと。 青木先生「北国の春」を歌う。まったく踊れないが、踊りの真似をする。 この「歌舞庁(ディスコ)」が農村部の小さな町にもある。「改革開放」が こんなところにも及んでいると驚いた。 |
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| 風呂に入る。大都市以外の ホテルでは、お湯が出ない、シャワーの調子が悪いなどは当たり前、他の部屋では いろいろトラブルがあったらしいが、我々の部屋はまずまずであった。入浴中に マージャンの誘いあり。青木先生、M君、O君と遊びのマージャン | |
| 就寝 | |