| 第7日(北京〜上海) | |
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| 第7日目 8月10日(木) 北京〜上海 | |
| 朝食 塩出さんをさそっていく。 3階レストラン(32階建)、朝食券がないと黒木さんに尋ねに行く。 手帳が見つからないとさわぐ。 | |
| 出発 通勤ラッシュ、北京も 地下鉄(地鉄)が通っているので通勤には地鉄を利用する。ただし、混雑するとのこと。 | |
| 天壇へ到着
天壇 1420年創建、明・清の皇帝が五穀豊穣を祈った所 圜丘壇(えんきゅう)、皇穹宇、特に祈年殿は北京の象徴、 帰りに買ったマイルド・セブンにもデザインされていた。 天壇公園 面積 376万u(?)聞き違えか。地図で見ると、故宮の約3倍ある それにしてもとにかく広い。故宮を見たときも感じたが、明・清代の皇帝の権力 というものを実感した。 中国史では明・清は君主独裁体制の時代とあるが納得。 |
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| 天壇出発
天壇から天安門へ、永定門内大街を行く。天安門に近いところは、 かっては庶民・貧しい人々が住んでいた所とのこと、商店がいならび、 道路では露店が立ち並び、木陰では散髪屋が髪を刈っている。自転車多し。 槐樹(えんじゅ、アカシア)の立派な並木 天安門広場 南北880m、東西500mあり、世界最大の広場とあるが、 なるほど広い。テレビでは何度も見ているが、実際に見ると広さが実感できる。 毛沢東記念堂(毛沢東の遺体が安置されている)には、今日中に入場 出来るのだろうかと思うほどの大変な行列が何重にも出来ている。 毛沢東の大きな肖像 お馴染みの肖像だが、今はここにあるだけとか。 |
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| 故宮へ到着
ここもまた大変な人、駐車場から午門まで歩く、堂々たる城壁、午門も すばらしい。入場料 60元(中国人 30元) 故宮 1420年、永楽帝が創建。明・清の24人の皇帝がここで暮らす。 面積 72万u、午門から神武門まで1km 太和門を通り太和殿前の広場に、広い。太和殿も実に堂々としている。 太和殿、中和殿、保和殿(科挙の殿試が行われた所)、乾清門、 乾清宮、坤寧宮と見て歩く。 東・西にも多くの殿閣があるが、遠くから眺めるだけ。文華殿には 「四庫全書」が納められていたと、あとで本で知る。見たかった所の一つ。 とにかく時間の関係で、南から北へ、真ん中をまっすぐ歩いただけだが、 堂々たる多くの殿閣には圧倒される思い。 ここでも皇帝の権力ということを考えさせられた。誰かが言っていたが、 ここと比較すると、日本の御所は本当に質素なものだと思う |
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13:10 | 昼食、 初めてのペキン・ダック腹一杯食べる。 |
| 北京空港へ到着
北京は、ビルの建設ラッシュだと説明があったが、空港への途中でも、 建設中のビル、至る所で見かける。軽トラックのタクシーを見かける。 15:25の飛行機に乗る予定だったが、16:10に変更になったとのことでそれまで 空港で待機、こんなことなら故宮をもっとゆっくり見たかった。 16:10の飛行機が2時間遅れる予定とのことで、結局北京空港の待合室で4時間 以上も待つことになる。上海の雨が原因?、上海雑技団の見学(希望)中止 待合室、どこもいっぱい。日本人はもちろんだが、韓国人の多いのが目立った。 禁煙、我慢できず、添乗員さんに喫煙室を捜してきてもらう。 換気扇が1つのみ1つは故障、煙りがもうもう、さすがの煙草吸いもすぐに退散、 お茶 5角、2杯 |
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| 18:00 やっと登机
離陸(18:20)、上海航空公司 102 16B 北京〜上海 約1100km、航空運賃 550元程度(?)時々揺れる。雲のため 下界何も見えず。 |
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| 上海空港 着陸 上海は雨の中 | |
| バス出発
陳さんのガイド 出租(タクシー) 15元、ガソリン 1リットル=2.3元 自家用車 まだまだ一部のお金持ちのみ、通行許可証(自家用車の運転に 必要)1回 50万円、中国・ドイツの合弁によるワーゲン 880万円(80万元) マイホーム 10万円位(1u当り)、マンション 1u当り5万円(安い方) シルク工場の商店へ(20:40頃) 上海のシルク 蘇州の絹(生糸)を使っている。日本の3分の1の値段 買い物 スカーフ 160元*5枚、ポロシャツ 280*2、ブラウス 650*1、 ネクタイ 200*1 |
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| 夕食 | |
| ホテルへ到着
上海威斯汀大飯店(ウェスティング系のホテル) 1泊 195ドル(17000円位)、1700元というと中国の人にとっては大変な金額 荷物の整理 とうとう中国最後の夜 |
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| <家内の日記> 疲れたのか、この日と次の日の記録なし。 | |