| 第3日(西安〜敦煌) | |
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| 第3日目 8月6日(日) 西安〜敦煌 | |
| 前夜、軽い下痢でやや寝不足 朝食はお粥のみにする。
部屋の前に荷物を出す。集合までホテルでゆっくりする。 |
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| 出発
いつものことながら、これでよく交通事故が起きないことだと思う。遵守交規、注意安全とあるが。絶えず警笛を鳴らしいる感じ。 途中右手に 小雁塔がみえる。義浄が持ち帰った経典を翻訳、納めた所。上の2層は壊れてしまったとのこと。 |
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| 陜西省歴史博物館へ到着
陜西省歴史博物館 11万点を所蔵−アジア、中国で最大、うち3000点を展示 殷・周代の陶器、青銅器〜唐代の壁画等 陜西省歴史博物館の見学 最初の展示 藍田原人 115万年前 頭蓋骨の後部がかなり出っぱっている。大茘人(茘=れい、オオニラの意味) 20万年前 仰韶文化 7000〜5000前の彩陶等、龍山文化 4900〜4100前 周 16世紀 卜占ー牛骨、よもぎの葉。西安 当時は雨多し→瓦を使用 青銅器 とにかく多い、多すぎてつい素通りしてしまう。最初の頃、なべは地位のシンボルであった。鬼方=蒙古人をさす。都 鎬京 秦 公元前(紀元前の中国語)770〜206年 中央集権的封建王朝とある。 弩もあった。 漢 都=漢長安城 高祖、恵帝、文帝、景帝、武帝、昭帝、宣帝、元帝、成帝、哀帝、平帝の11人(少帝、少帝、廃帝、孺子嬰の4人は除かれている) 紙 武帝の頃の大麻を使った紙があった。(注)現在の紙の原型は105年に蔡倫が和帝に献上した麻紙である。 それ以前にも原始的な紙が造られていたらしいが、筆記用の紙は蔡倫に始まる。 魏・晋・南北朝 隋・唐 唐三彩が多数あり。 宋・元代まであった。 とにかく展示物の多さに圧倒される。一つ一つていねいに見て行くことは困難、三国志の切手を120元で買う。 陳さんとの雑談 中国の企業・商店はほとんどが公営で個人経営は5%程度とのこと。 農民も自営はわずか。公司 公営だけでなく、個人の場合にも使う。 陳さんは経済学を専攻。第2外国語は高校までは英語を選ぶ人が多いが、大学では日本語を選ぶ人が一番多い。 |
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| 歴史博物館から鐘楼へ
鐘楼 西安のシンボル、明の時代に鐘を鳴らして、庶民に時刻を知らした。この付近は西安の繁華街の中心になっている。 昼食は飲茶・餃子を希望する人が多いので、二つのコースに分かれることになるが、前夜からやや腹の調子がよくないので、中華料理にする。 |
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| 昼食 Oさん夫妻と4人のみの食事、
おかげで今まで余り話しをしてなかったOさん夫妻といろいろ話しができてよかった。
外へ出ると子供の物もらいがついてくる。ガイドから絶対にやらないことと言われ ていたので無視するが、ひつこくついてくる。かわいそうだがとにかく相手にしな い。物もらいの数は多くはないが、子供を背負った母親もいる。 中国社会の裏面を見た思いで心が暗くなる。店に逃げこむ。 一部の中国人は同胞をしかっている。 |
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| 西安市街から空港に向かって出発 15:30 登机時間 | |
| 中国西北航空公司の120人乗りの飛行機、離陸。いよいよ敦煌へ!!
気温32度、からっとしている。敦煌へは、二泊分の荷物のみ持参 西安〜敦煌 約1500km(直線距離) 陜西省から甘粛省の黄土高原の上を飛ぶ。天候よく下がよく見える。Yさんと三人で交互に席を替わりながら、下を覗く。 段々畑 よくぞここまで耕していると感心するほどの美しく整った段々畑 砂漠が見える。ワジも、そして点々とオアシス都市もみえる。オアシスの緑を除くと、まさに茶色の世界 |
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| 敦煌空港へ着陸。まさに砂漠の中の小さい空港。
18:30 気温35度 ついに敦煌へ、感激!!
現地ガイド 劉芳麗女士(飛天国際旅行社)武漢大学で3年間、日本語を学ぶ。 3年でよくこれだけ話せるものと感心する。井上靖の「敦煌」の映画の製作が 日本語を学ぶ気になったきっかけとのこと。 |
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| 空港から敦煌市内へ 18km
劉さんのガイドより 「朋、遠方より来たるあり、亦楽しからずや。」(論語、学而)で始まった。 敦煌ー盛大の意味、面積 340平方キロメートル、人口12万人 (市内人口3万人) 漢民族がほとんど、イスラム教徒 1000人ほど 気候 最高42度〜最低-29度、年間雨量 39mm、「黄塵万丈」 ポプラ並木が見事、果物のふるさと あんず、ぶどう、桃など、 農業 綿、小麦、とうもろこしが中心、産物 夜光杯(玉)、水晶、めがね、 じゅうたん工場等 漢代には沙州と呼ばれた。オアシス都市 祁連山脈の雪解け水による灌漑 名所 南に鳴沙山、莫高窟。西に玉門関、陽関 生活 日中はとても暑いので、8〜12時まで働き、3時まで昼休み、午睡、15〜18:30まで働く。週休2日制。 昼食、夕食は各家庭で食べる。主食はラーメン、肉、魚、野菜など。 |
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| 敦煌山荘(鳴沙山荘)建設中のホテルに到着
敦煌山荘 香港の大富豪が中国政府より土地を70年間借りる。今までに 約1億元を投入、今後1億元(計20数億円)を投入して完成の予定とのこと。 広大な土地、どのくらいの広さか見当がつかない、夕食の食堂へもバスで移動。 我々が日本人としては最初の宿泊者。このホテルの部屋、完成したらVIP 待遇の 部屋になる、もし泊まるとすれば一泊4万円とのこと。 |
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| 夕食 さすが敦煌まで来たので、 料理も今までと少し違う感じ。四川料理に近いとのこと。 | |
| まだ少し明るい。
家に電話をする。娘がでる。「こちら敦煌、元気で旅行中」と電話 92元
家内はこのホテルの部屋がとても気に入った様子 |
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<家内の日記より>
朝食に降りて行こうとし、鍵をかけ、セーフティーボックスの鍵はと言うと、なし。 エレベーターで下に降り、レストランの朝食券は?と言うとなし。 私達の乗るバスは専用でクーラーも効いているが、中国のバスは窓を開け、 小さく、窓も壊れているみたい。バスをきれいにしょうなどとは思わないみたい。 ちゃんとした所で(ホテルなど)働く女の人は、お化粧はしていないが、 きりっとし、姿勢がすごくいい。歩き方も洗練されているのか、足もしまり、 肥った人がいない。 大雁塔では、体の不自由な人が物乞いをしていた。 観光地では、とにかく、千円、千円、安い、安いと自分の店をほっておいて 大丈夫かなと思うほど、100m以上もついてくる。 9:00 出発。道路わきで、山とすいかを積んでいるけど売れるのかな。 歴史博物館へ 切り絵2組 50元 西安から敦煌へ 砂漠 段々畑を人間が耕したとはどうしても信じられない。砂漠の中に 町があるのも不思議。西安から鉄道が走っているのも不思議 敦煌 18:30 35度 夕食 コーンスープ、きくらげと海草、ビーフン、牛肉、鶏・トマト、 豚肉とうりのいため物、ふろう、牛・ピーマン・玉ねぎ・にんじん、鯉のあま酢煮、 万頭のあげもの、果物 | |