1 帝国主義の成立と列強の国情

7 ラテン=アメリカ諸国

 ラテン=アメリカ諸国のほとんどは1810年代から20年代に独立したが、多くの国では独立後も政情が不安定で、政変も多く、国際紛争にも悩まされた。

 また経済的にはほとんどが農業国であり、しかも封建的な大土地所有制が残ったので貧富の差が非常に大きかった。

 独立後のラテン=アメリカ諸国には早くからイギリス・アメリカが経済的に進出したが、特にイギリスは南アメリカの貿易・銀行・鉄道・鉱山を独占的に支配し、南アメリカをイギリスの商品市場・原料供給地とした。

 ラテン=アメリカ諸国は、シモン=ボリバルの提唱で1826年に初めて中南米会議を開催した。この中南米会議はラテン=アメリカ諸国の団結と共同防衛を目ざし、以後十数回開かれた。

 アメリカはこの会議を利用しようとし、1889年にアメリカの主導で第1回パン=アメリカ(汎米)会議をワシントンで開催した。そのため以後アメリカの影響力が強まった。

 アメリカはキューバの独立運動に介入して米西戦争(1898)を引き起こし、キューバを事実上の保護国とした(1901)。また1902年にはイギリス・ドイツのベネズエラ干渉を調停し、さらに1903年にはパナマをコロンビアから独立させた。翌年にはパナマ運河の工事に着工し、1914年に完成させて運河地帯を支配下におくなどカリブ海政策を推進した。

 メキシコでは、インディオ出身の自由主義者ファレス(1806〜72、任1858〜72)が自由主義革命(1855)に参加し、法相として自由主義的な諸改革を行い、1858年に大統領に就任した(正式就任は1861年)。

 ファレスはナポレオン3世のメキシコ出兵(1861〜67)に激しく抵抗し、アメリカの援助でこれを退けて再建に努めた。

 ディアス(1830〜1915、任1877〜80、1884〜1911)は、対フランス戦争では革命派として活躍したが、その後は反動化した。ファレスの死後、1876年にはクーデターによって大統領の地位を奪い、一時期を除いて、長期にわたって独裁権力を握った。

 ディアスは、ファレス時代に接収された土地を地主に返還し、地主の支持を得てアメリカ資本を導入してメキシコの近代化をはかった。この間、経済は発展したが大土地所有制が拡大され、貧富の差がますます増大した。

 そのため、自由主義者のマデロ(1873〜1913)や農民指導者のサパタ(1879頃〜1919)らが1910年に革命を起こし、ディアスを追放した。

 マデロが大統領に就任して(任1911〜13)改革に着手したが、土地改革を実行しなかったために農民の支持が得られず、1913年には右派のクーデターによって失脚し、まもなく暗殺された。

 その後、革命派の内部で抗争が続いたが、ブルジョワ派が農民派を抑え、1917年に憲法が制定された。この憲法は勤労者の権利を認め、教会や外国人による土地所有を禁止し、大統領に強大な権限を与えた民主的・民族的な憲法であった。

 これがメキシコ革命(1910〜17)である。
 メキシコ革命は、ラテン=アメリカ最初の反帝国主義・民主主義革命で、他のラテン=アメリカ諸国に大きな影響を与えるとともに、メキシコの近代化の出発点となった。 




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